ことはのあや

日々の想いや雑感をできるだけ飾らず発信します。文体や一人称に揺らぎが見られるのは仕様です。悪しからず。

太陽と月、そして地球

「惑う」「惑星」という言葉をネット上で最近よく見かける気がする。

秋が訪れたことで、一期一会な人の出会いに惑星の動きを重ね、感傷に浸る人が増えるのだろうか。

 

試みに惑星とは何か調べてみると…

 

実力・手腕が未知であるが、有望とみられる人。ダークホース。 *1

 

2つ目の意味にこうあった。

 

 

“俺は惑星になる”と夢をもつのも悪くないかもしれない。

 

「今すごいキテル奴がいてさ。腕はまだまだなんだけどホント惑星みたいな奴なんだよ」
とか言われたりして。

 

 …

 

閑話休題

 

 

自分は月だと感じることがある。親しい人との関係では特に。
太陽がいてくれるから自分は輝く。そのような意味で。

 

 

私は基本おとなしいが、よく喋りコミュ力が高く(女子にモテる)まるで対極な人とも仲が良い。
もしかしたら性格真逆な人と仲が良いというのはあるあるネタかもしれない。
マシンガントークの彼が太陽なら、寡黙な私は月というわけである。

 

 

もちろん太陽が女性であることも多々あるが、都合上このまま男友だちで話を進める。
ある友人を太陽くんと呼ぶこととしよう。 

 

私は勝手にその太陽くんと背中合わせで戦っているような感覚を持っている。
お互いに経験値がたまったらパーティ組んで魔王でも倒してみたいものだが、本人にはそんなこと話したこともない。

 

 

性格は真逆だが話は合う。
自分のことを全て話しているわけではないが、気を使わない仲で冗談も言い合えるし真面目な相談もできる。

 

やはり彼が太陽くんなら私は月なのだ。
どちらかが欠けたら何だかつまらない。

 

 

もっとしっかりしてる人はこの関係をビジネスパートナーと呼ぶのかもしれないが、まだそこまでいってないし、「太陽と月」という表現が個人的には気に入っている。

 

 

無理くりまとめれば、ハンバートハンバートな関係もいいがmoumoonな関係もいいなあということ。
(この場合男女だが)


FULLMOON LIVE 2018 SEPTEMBER On YouTubeLIVE

 

 

この蜜月()の関係に1人加わって3人となると、これはまた事情が変わってくる。

その1人とは地球である。

 

 

距離的には月と近く、日光も月光も浴びる存在。地球。
対極なものとして扱われることの多い太陽と月の関係に対して、地球は太陽とも月とも程よい関係を維持しているような。

 

地球にはこの人しか思い当たらない!という人が私にはいるのだが、一般的にはどうなんだろう。

 

 

惑星がピタリと重なり合っては離れていく様が空に変化をもたらすように、
1人、2人、3人、4人…と人数が変わると、私たちの関係性も確実に変化する。
また、どの関係に身を置くかによって自分の役割・立ち位置は変わっていくように思う。

 

ある人にとっては自分が太陽のように眩しく見えているのかもしれない。
哀しみに暮れる夜にやさしい言葉をかけてくれる人は全く別の人かもしれない。

 

 

別の話。
私は4つの類人猿でチームについて考えることがある。
精神科医 名越康文監修 類人猿分類診断 GATHER

 


直近だとOKAMOTO'Sの4人がそれぞれ、チンパンジー・オランウータン・ゴリラ・ボノボの内どれに当てはまるかについて考えていた。
オカモトーーークを流し見した印象では、レイジ・ハマ・ショウ・コウキの順に該当するかと。

 

 

元々は敬愛するセカオワの4人がキレイに分類された記事を読んでこの診断を知った。
これも自分をどの関係の中で当てはめて回答するかで結果が変わるのではないか。

 

 

診断の結果、私はゴリラだった。
“協調性を大事にする”という点に非常に納得したため、別段この診断に対して異議を唱えたいわけではない。

 

深瀬さんのようにアイデアが湧き出すことも
なかじんのようにストイックに取り組むことも
ラブさんのように周囲を和ませたいと思うことも
往々にしてある。そういうことを言いたい。

 

 

こんなに長々とあーだこーだ書き連ねることができるのも、衛星のように私の周りをつかず離れず見守ってくれる人たちのおかげだ。


そんな風に思えるようになってきた。

 

 

結局のところ。
孤独に負けず周囲を照らし続ける太陽も、優しく夜を照らす月も、人類をでっかく支える地球も、私はどれも好きだ。

青い太陽

青い太陽

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